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2017-06

NDTV2015年初頭のインタビュー・2 - 2016.11.21 Mon

時間が空いてしまいましたが続きです。

・「3カーンを中心として"カーン(※イスラーム教徒の名前)"がボリウッドを支配していることは少し奇妙ではないでしょうか。これは愛による聖戦※だとしてポスターを引き裂かれるようなことについて影響を感じますか?」(※訳注 Love Jihad:ムスリムが恋愛感情や結婚を利用してイスラーム教を広めようとしているという主張)

アーミル:影響はそれほど感じない。
人々が僕らを愛してくれているのは宗教のためでも、他のなにかの要素のためでもないと思う。
銀幕に映る僕らの姿に、心でつながりを感じるから愛するんだ。
力を尽くして働くけど、だれが人々に愛されてスターになるかなんて、僕にもだれにもわからない。
クリエイティビティはすべてに勝る。

映画を観るとき、それが中国映画であろうと日本映画であろうと、まったく違う言語・文化・社会から出てきた俳優であろうと、それでもその人間との恋に落ちることはできる。
それは観客として映画を観る時にいつも起こることだ。
一人二人の人間がいう(政治的な)主張にわざわざ反応する必要はないと思う。僕の映画が嫌いなら観なければいいし、それを宣言する必要もない。

・「ではLove Jihadというような問題について意見を述べるべきだとは思いませんか?」
アーミル:それはまったく別の話だよ。何かについて意見を述べるということとは。
僕は自分の意見を述べるのに躊躇したことはない。それでよくトラブルにもなるんだけど…(苦笑)

すべての人間には意見を持つ権利がある。それが民主主義だと思う。
僕の意見ももしかしたら間違っているかもしれない。半年後には違う意見を持っているかも。
人は皆成長するものだから。もし一つの意見に固執して変えようとしなかったら、その人間に成長はないよ。
だから僕は自分の考えを変えることもためらわない。

『3カーンの映画は観るべきではない』という意見を持つ人間がいたとして、その意見を持つこと自体は尊重する。
ただしその個人の、一つの意見によって僕自身の考えが影響されることはないし、国全体が影響されるというようなことはないと思う。人は皆知性を持っているし、個人個人の物の視点や考えを持っているから、そんなに簡単に一つの方向へなびくとは考えにくいな。


・80%の人が所属するコミュニティ(ヒンドゥー教)ではなく、少数派のコミュニティ出身の人間が人気のあるスターであるという事実は、たしかにインドという国の文化や私たちがどういう人々であるかについて多くを語っていると思う。
ただ僕はインド人としてインドで生まれ育って、そこまで自分の出身コミュニティ(※イスラーム教徒であること)を真剣に気にしたことがない。子どものころに行っていた学校はあらゆる宗教コミュニティの子どもが通う学校だった。両親の育て方もそうだった。あらゆる違う宗教、コミュニティのお祭りを自宅で祝う家だったよ。

・「シャールク・カーンは2年前に”インド人ムスリムであること”というコラムを書きましたが、宗教のラベルを貼られること、またそれをはがされることは、自分自身でなくなるように感じますか?」
僕は、自分自身のことは「人間」だと思っているんだ。
たとえば、僕に「インド人」というラベルを貼ることもできるよね。
インドという国でさえ人間によって作られた、人を画定し分つものだ。
自然そのものが、あるいは私たち皆を作った存在が、この区別を作ったとは思わない。人間が作った区別なんだ。
だれそれはインド人、だれそれは日本人…個人としてはすべての人はただの「人間」だと考えている。
だから、自分自身にラベルを貼ることはしたくないんだ。


・「インドの中での不寛容の問題や言論の自由などについて…映画を作る上でも検閲や抗議もありますが…どういう方向へ動いていると思いますか?」
インドの中ではあらゆる現象が起こってるし、あらゆる物の見え方があるし、そこがインドの良さだと思うよ。
PKを例として話そうか。
PKは宗教というインドではとてもセンシティブなテーマを扱っている。インド人は皆自分がいずれかの宗教の出身だと思っているからね。

PKのようなセンシティブなテーマの映画が空前の大ヒットになったということは、この国の人々が新しい考えに対してオープンであるということを象徴していると思う。
新しい考え、いやもしかしたら先人たちがずっとくり返し問いてきた考えかもしれない。映画の中でもカビールが説いたのとを同じことを言っていたりする。カビールやかつての思想家たちも説いてきたことだから、新しい考えとは言えないかもしれないけど、長い期間を経て公的な場所で新たに問い直されたんだ。
それが多くの人々に支持された、その事実そのものがインドが寛容であることを示していると思う。

意見の表明は、それがどういう態度でなされるかによって大きく変わる。
もし人を傷つけようとして言えば相手は傷つく。
心を開いて自分自身で探し出した意見を言えば、賛成不賛成に関わらず相手の考えを深めるのを助けることもあるだろう。少なくとも傷つけることはない。

それとは別に、PKの上映をボイコットしたグループもある。
その心情は尊重する。個人がそういう感情を持つことは普通のことだ。
PKの上映を中止しようとした少数の人々、映画に不快感を感じた気持ち自体は、自分とは違っていても尊重する。
ただし、彼らは私的に法をねじまげるべきではない。映画の作り手はちゃんと上映許可を取って作品を世に問うているのだから。
この映画が嫌いだ、賛成できない、不快な気持ちになる、人に観るべきではないと言うのはかまわない。でもそれと、法を自分のほしいままにすることとは一線を引くべきだ。今はSNSで個人の意見も発信できる時代なんだから、不快な気持ちになる、見るべきでないというような感情はそういう場所で表現すればいい。
物理的に力づくで何かを止めようとすることは正しくないと思うよ。

ー③へ続く

☆「宗教のラベルを貼る」という言い方は、PK日本語字幕では「宗教の印」と訳されています。印=Label(英語字幕)です。

☆カビール:ヒンドゥーとイスラーム双方から真理を追究したインドの思想家。wiki https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%AB

☆例としてよく日本が出てくるのは、チェイス!プレミアでの来日&プライベート日本旅行の数ヶ月後だったからだと思われます。印象深かったようでこの後も話題に出てきます。

☆PKはインドで史上最大のヒット作となる一方、宗教を冒涜しているとして一部のヒンドゥー過激派からボイコット運動が起こり、ポスターを燃やされたり等もしたようです。




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NDTV2015年初頭のインタビュー① - 2016.11.09 Wed

PKが日本でも評判が大変良く、ヒットもしているようでアーミル&インド映画ファンとしてはとても嬉しい限りです!
実はあらためて正面から大真面目にPKの感想を書いてみたのですが、うまくまとまらず…。
代わりに本国でのPK公開後のアーミルさんのインタビューを訳してみることにしました。

PKの話題、そしてチェイス!での来日&日本家族旅行の後とあって日本の話題もちょこちょこ出てくる興味深いインタビューです。
聞き取れた分&興味のあるところだけのざっくり内容訳ですので細かい部分の間違い等はご容赦下さいー。

The NDTV Dialogues:
IN CONVERSATION WITH AAMIR KHAN



・50歳の誕生日を迎えて、過去を振り返って「Qayamat se Qayamat tak」(アーミルさんデビュー作)でデビューしたばかりの若者になにかアドバイスをするとしたらなんといいますか?
アーミル:僕はあんまりアドバイスをするようなタイプじゃないんだけど…若い頃は自ら経験して学ぶことが楽しいと思うし。夢を追うこと、夢を妥協しないこと、夢を実現するために妥協するのはいいけど夢そのものを妥協してはいけない。心に従うこと。言えるのはこれだけかな。


・社会活動家としての自分について
アーミル:自分は社会活動家だとは思わない。活動家はもっと一つの問題に集中する人のことだ。Satyamev Jayateをやっていることで社会活動家のように思われるかもしれないけど、自分はエンターテイメントの世界の人間だ。人々とは感情的な結びつきがある。エンターテイメントから一歩先に踏み込めば、自分の持っている技術で人々の意識や視点にも影響を与えられる。それによって社会問題も解決できるかもしれないと思ってやっているんだ。


・例えば汚職問題や社会問題に触れることによって、その後なにか変わりましたか?映画の選択に影響は?
アーミル:もちろん。まず何より僕自身についていろいろわかったと思う。物事に対してより考え深く、繊細になった。
映画の選択…それは大きく影響はしてないかな。映画はいつも、個人的な感情や共感の表現、ただストーリーがとても好きだからという理由で選ぶ。エモーショナルな結びつきが大事なんだ。

「さあ次はどんなメッセージを伝えようか」というふうにテーマから映画を選ぶことは決してやらない。たまたま選んだストーリーに社会派なテーマがあればそれはそれで結構だし、なくてもいい。
コメディ映画の「Delhi Belly」(プロデュース作)に社会派なテーマなんてないだろう?(笑)


・カラン・ジョハールの番組AIB Roast※を批判したことについて
(※有名人や映画やインド社会あるあるを槍玉にあげてパロディ映像等で笑い物にする番組↓余談ながら、ひどいwwって言いつつ結構楽しんでしまっている自分がいます…)

アーミル:コメディ映画を作ったからといって、他のコメディを批判しちゃいけないという理屈は成り立たないよ。もちろん僕の批判に賛成しない権利もあるし、ブラック・ユーモアが嫌いなわけでもない。
ただAIB Roastについては感情的な反応なんだ。出演契約をしていない、ごく近しい人たちが笑い物にされて傷ついていたのを見て、フェアーではないと思った。


・そういう選び方をしていないと言っても、人々は「アーミル・カーンの映画」にはテーマ性を期待しているのでは?
アーミル:人々が僕に何を期待しているかなんてまったくわからないよ、自分自身でさえわからないのに(笑)
特に「Taare Zameen Par」(教育問題についての社会派映画)やった後なんて、ムキムキの「Ghajini」(アクション/サイコサスペンス)だからね。
「Dhoom:3」で娯楽大作でチェイスや何やかややった後は「PK」で、これまたまったく違うタイプの映画だし。なにかのパターンで出演作を選ぶことはしないから、だれも予想がつかないんじゃないかな。
ただその時その時で、心に引っかかった、本当に気に入った脚本を選んでいるだけなんだ。
どんな物語を選ぶか、ということは僕がどういう人間であるか、ということだと思う。


・サルマンとシャールクこそが(自分とは違って)スターらしい本当のスター。
見た目も、しゃべり方や歩き方も、部屋に入ってくる様子ですらスターの風格がある。会うたびに魅了される、とてもチャーミングな二人だよ。
三人の共通点としては、1965年生まれだということ、約25年間この仕事をしているということ、有名だという三点だけだと思う。それぞれ違うし、僕が選ぶもの、心に引っかかるものは他の二人は選ばないし、逆もしかりだ。
25年間という長い俳優人生を持てたのは素晴らしいことだと思っている。心で信じられる仕事をし続けられたことは。

——続く

PKに関連するような話題は②からになります。

GQインタビュー(1/2) - 2016.07.29 Fri

特典クリアファイル付き前売り券発売、ヒラニ監督来日、などで大変PKが盛り上がっていますが、今回はアーミルさんの最新紙媒体インタビューです。

インド版GQ2016年7月号より
新作Dangalの撮影のために20kg以上体重を増やし、そしてまた20kg以上落とし、そこから筋肉を鍛えてビルドアップしまくったアーミルさんのスーパークールな写真がいっぱい載っています。

インタビューで萌えた部分をざっくり抜粋で訳しました。
(地の文がやたら凝っていて長くて読みにくいわりに内容がないので主に本人の言葉のみです)




・警備万全の自分の家の一室でインタビューなのにも関わらず、「入ってもいいですか」とシャイに聞くいい人ぶり
・「たばこ吸っても大丈夫?」と尋ねて、記者にも自分のたばこを分ける(訳注:あれ、前誕生日にタバコやめるって言ってたような…)

・自殺行為にも見える出演作の選び方は?なにか理論でもあるのか?という問いに
「わからない」「人はいつも僕はおかしいと思っていたろう。ラガーンをやったとき、誰もが皆スポーツ物と歴史物はインドでは成功しないと言った。ドーティを着て、ヒンディー語ですらない言葉をしゃべって、3時間42分の長尺で…でも僕は、悲惨なことになるかもしれないけど、とても気に入った、やりたいと言ったんだ」
(結果としてラガーンは2001年の最大級のヒット作の一つ、国家映画賞受賞、アカデミー賞ノミネート作になった)

・「あるとき姉妹が電話で"次の映画はもうサインしたの?"と聞いてきた。家族はいつも僕が働かないことを冗談にするからね。"サインした" "わあ、どんな映画?" "バガット・シンとアーザードの五番めのリメイクだよ"
それはその前の一年ですでに四回も映画化されて、最新のは二ヶ月前に公開、そしてどれも失敗に終わった物語だった。
"冗談でしょ?"と言われたよ。」
(Rang De Basantiは2006年の公開週末興収No.1、数々の主要映画賞を受賞)

・「今は人に"何をやっているかわかってるんだろう"と言われるところへたどりついた」

・(新作Dangalを)「リアルな時系列順に撮影していたら、元通りの体型には戻れなかっただろうね」「97kgで撮影を終えたらやせる理由なんてないからね」

・Satyamev Jayateシーズン3エピソード1には、DangalのモデルとなったレスラーMahavir Phogat氏の娘たち、GeetaさんとBabitaさんが出演していた。父は娘たちのために牛や水牛を売り、引っ越してまでも国のトレーニングに参加させたという。父の課した厳しい訓練と努力の甲斐あって、Geetaさんはインド女性初のコモンウェルス大会レスリング金メダルを獲得した。
アーミルはNitesh Tiwari監督の脚本を読みはじめて10分で「待って、これはGeetaとBabitaとMahavirの物語じゃないか?」と聞いた。「そうです。なぜわかったんですか?」

・「番組のための調査で彼らが辿った道のりはよく知っていた。初期に世間から受けた屈辱も。周囲からは"男子に対抗して女子のレスリングなんかをこの修行場の聖なる村でやるのか?"と言われていた」
「ハリヤーナーはインドでも最も家長による男性支配の強い州の一つで、そんなことは行われたことがなかった。そのなかで娘たちを後押しした信条、勇気を持っている男性がいたことはとても興味深い。勝つか負けるかは関係なく」

・「正直に言って最初はためらった。当時Dhoom:3(チェイス!)とPKをやったばかりで、外見的には最高だった。体脂肪率は9%、実年齢は50歳を越えたにしても演じるキャラクターはだいたい30歳ぐらいだ。だから、太って白髪まじりの、55歳の父になりたいか?これをやるのは60になるまで待った方がいいんじゃないのか?と考えたよ」
「でも監督が家を出て行ってから、脚本が頭から離れなくて。数ヶ月後にもう一度脚本を話しに来てもらった。さらに8ヶ月か1年後くらいに三度目を。そして思った。"くそっ、どうしてもこの話をやりたいんじゃないか"」

・社会活動家ではない、メッセージの有無で作品は選ばない、自分はストーリーテラーだと思っているとくり返し語っているアーミル。「ただ物語を愛することだけが必要なんだ」「物語が自分に語りかけてくることだけが」

<続く>

きっと、うまくいく脚本本より:ランチョーの役作りの秘密4 - 2016.05.09 Mon

―ファルハーンとラージューは、もっとも観客の支持を得られるキャラクターのように思えます。なぜならほとんどの人はファルハーンかラージューに自己投影するでしょう。
ランチョーは憧れの対象にはなっても、共感や感情移入を呼び起こすキャラクターではありません。それについては悩みましたか?



注意は払っても、悩みはしなかった。
ランチョーの問題は純粋に物語の観点からいって、「弱点」がないことだ。
キャラクターに弱点がないとき、人は憧れるかもしれないが、感情的なつながりは感じない。
なぜなら何も問題を抱えていないからね。
彼はあなたの助けなどいらない。そしてやることなすこと成功するとしたら、共感や感情移入は起こらない。
観客として彼に心を費やそうとは思わないだろう。

たとえば、Taare Zameen Parでは(訳注:識字障害の少年)イシャーンに心奪われるだろう。
なぜならイシャーンが経験する問題を目にすることになるから、観客として完全に彼を助けたくなる。
脚本家の後ろ盾を得ているキャラクターだ。
きっとうまくいくの登場人物の中で、観客との間に強い感情的な結びつきを持つ可能性を持っているのは、ファルハーンとラージューだ。その二人が問題を抱えているんだ。成長の結果としての変身が映画内でも描かれる。
ランチョーには成長はない。はじめから最後まで同じなんだ。

僕にとってランチョーを演じることはとても大きな挑戦だった。
彼は感情的には脚本家の後ろ盾を得ているキャラクターじゃない。
たった一つの問題はピアを愛しているのに結婚できないことだけど、それは話の主題じゃないし。
これはもう一つの、彼を賢すぎるキャラクターとして描いてはいけない理由でもあった。だれものカンにさわるような人物になってしまうことも考えられた。
僕ははじめにラジュー(監督)に警告した。
ランチョーには注意しないと、極端に走る危険があるよ、と。監督として注意深く、僕をどこかへ滑って転ばせないようにしないといけないと伝えた。

きっと、うまくいく脚本本より:ランチョーの役作りの秘密3 - 2016.04.26 Tue

(すごく今更ですが、追記にネタバレありです。たぶんここを見る方で映画を見てない方はいないと思いますが…。混同を避けるため  ラージクマール・ヒラーニー監督=ラジュー 
映画内の登場人物の役名=ラージューにしています※当ブログだけでのルールです)



—納得して出演にサインをしてから、ランチョーに対してどういうアプローチをしたんですか?


ランチョーは少年っぽくて素直だと感じた。澄んだ心を持っていて、だから何を考え、感じているのかのほとんどが、人にとてもはっきりと見えるんだ。もし僕が実際に20歳だったとしたら、たぶん違うふうに演じたろうね。この年齢だと、半分の年齢の男の子を演じきるには、余計な重荷があった。

何か違うやり方を考える必要がある。自分自身のマンネリズムを制し、若く見える方法を探さなくてはならなかった。
Ghajiniのために鍛え上げていたので、たくさんの筋肉を落とした。
少年っぽく見せるために可能な限り小さく見えるようにした。ブカブカの服を着て。
自分のマンネリズムは内に隠さなければならなかった。もしそうしなければ完全に作り物めいてしまうから。

頭の中でランチョーを動かしてみた時、彼は常に動いている青年だと思った。
彼の脳内は活気に満ちていて、めったにじっとしていないんだ。
頭をかいているか、両足にかわるがわる重心を動かしているか、頭を振っているか。
素早くもある。とてもたくさんのことが頭の中を駆け巡っていて、騒がしいんだ。
それが僕から見たランチョーだ。
そして素直だからこそ、内面で起こっていることが自然に外へ出てくる。

この人物像が、僕がスマートすぎるせりふに取り組むのを助けてくれた。
もし彼が賢すぎ、自信がありすぎ、そして生意気だったなら、困ったちゃんになってしまうだろうと感じた。
ランチョーを好意が持てる人間にするには、観客が彼の純粋さを感じ取れないといけない。


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