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「僕はでっかい泣き虫なんだ」1 - 2016.02.12 Fri

雑誌掲載のインタビュー和訳です。
どうも前編があったようなのですが、後編しか読むことが出来ず・・・少年・青年時代の思い出話にとても萌えました。
Cine Blitz 2009年2月号掲載



Cine Blitz序文
Ghajiniは、ヒンディー映画史上最大の興収を記録し、今も更新し続けています。
アーミル・カーンの映画は実際いつもより良い記録を残してきました。
でもアーミル・カーンについて考えるとき、興行収入だけを考えることはないでしょう。それは彼の小さな勝利の一つに過ぎないのですから。

お待たせしました、お約束したように、アーミル・カーンのインタビュー第二部をお送りします。人生の中で忘れがたいいくつかの瞬間を語ってくれました。


Amir-Khan2-Ticket65.jpg


アーミル:母が言うには1歳半の頃の話だそうだけど、両親についてバンドラ・ブックセンターに行ったときのことをおぼえているよ。当時ブックセンターだった場所は今はレストランか何かになっているけど。

店でボールのようなものを欲しがったことをおぼえている。僕はとても強情にだだをこねて、大騒ぎした。最終的に両親はこう言った―わかった、もうたくさん!置いて帰るからね―って。
そして車に向かって歩きはじめた。僕は絶対両親が置いて帰りはしないという自信まんまんだった。でも父さんがエンジンをかけて車をスタートさせるとーその時は本当にパニックになって叫んでわめいたよ。
車に乗ろうとしたけど小さな段差があって、僕はまだとても小さかったので上れなかったんだ。そして完全に呆然としてしまっていたのをおぼえてる…


僕は公平にいって、守られた、幸福な子ども時代を送ったと思う。
いつも4人一緒だった兄弟姉妹と、いとこたち、MansoorとNuzzatはすぐ向かいに住んでいたし、もう一組母方のいとこたちもいた。だから僕らはいつもたくさんの子どもで一緒にいた。

たくさん思い出がある。家のテラスから凧を揚げたり、建物の中であらゆる遊びを友達とした。Mansoorは子どもの頃は大変な悪ガキだった。つまり、彼はまったく「わんぱくデニス(※訳注 わんぱくな少年が悪意なく周囲をトラブルに巻き込み被害を与えるコメディドラマ)」タイプだった。

僕はとてもおとなしい子どもだった。とても静かで、行儀が良くて、意気地のない子どもだった。
Mansoorは恐怖の対象だったよ、完璧な恐怖。彼は僕らみんなをいつもいじめて、自分の思いどおりにした。
成長してからは落ち着いたけど、子どもとしては完全にお手上げだったんだ。
でもNuzzatとMansoorの両方ともとても近しいし、今でもそうなんだ。

Dadarに住んでいた母方のいとこたちについてもおぼえている。訪ねて行って、一階でクリケットをするのが大好きだった。彼らはヘレンおばさん(※訳注 女優の??)のご近所さんで、だからとても小さかったころにヘレンおばさんに会ったことをおぼえているよ。


僕ら一家は本当の意味では映画一族じゃなかった。
映画一族、つまりわかるかな、映画のセットや撮影の場にいたことはなかった。
最初に観た映画はLaurel and Hardy(※訳注 「極楽コンビ」アメリカの古いコメディ映画シリーズ)で、僕はずっと通して泣きわめいていた。
ローレルとハーディはたくさんのトラブルに巻き込まれ、頭を殴られ、どこかから逃げようとして捕まったりしていた。
それを見て、彼らがなんてひどい目に遭ってるんだろうと思って泣き出してしまったんだ。最終的に、一緒にいたおばが映画館の外へ連れ出さないといけなかった。
だって僕は全編ずっと泣き止まなかっただろうからね。コメディ映画なのに!

PYAAR KA MAUSAM(愛の季節)がたぶん子どものころはじめて観たヒンディー語映画だと思う。おじが監督の映画だから、特別上映の一つだったんじゃないかな。
この映画を見ている時も泣いていたのをおぼえているよ。

弟のファイサルが映画に出ていて、シャシ・カプールの幼少期を演じていた。
その中で、家に火がついて子どもが、ファイサルが、家の中に取り残されて父親も入って助けることができないというシーンがあったんだ。
ファイサルは逃げられたことが後でわかるんだけど、その時点では観客は炎の中で死んでしまったかもしれないと感じるシーンだった。
だからそのシーンがやってきて火が燃えはじめると、僕は完全にコントロール不能になった!僕はずっとファイサルの名前を呼び続け、叫び、悲鳴を上げて泣き続けたから、周りの人々は僕の隣にファイサルが座っていることをわからせようとしていたけど、ちゃんと納得することが出来なかった…
どうも幼い頃の映画を観た記憶では、ただただ泣いていただけみたいだ…


メヘンディが大嫌いだったのをおぼえている。匂いが嫌いで母がつけるのが大嫌いだった。母がメヘンディを髪につけるといつでも、僕はとても不機嫌になってすぐに泣き出したものだった。
まるで泣くことが子どものころのお気に入りの過ごし方だったみたいに聞こえるね、そうじゃないかな?
実際は母はそんなに頻繁には泣かなかったと言っている…だけど今でも僕はとっても簡単に泣くんだけどね…


怒られたり、お尻を叩かれたり?父には何度か叩かれたよ、ファイサルと僕は。だいたいはおとなしい子どもだったけど、何度かは父を怒らせることをやらかしたこともある。
いや、僕らは勉強のことでは叩かれたことはない。僕は平均的な生徒だったけど、父がそれほど僕らの成績について深刻に気にしていたとは思えないな。

たくさんの脚本家や監督たちが家に来て、物語を語り、それを聞くのが大好きだったのをおぼえている。
映画に興味があったからでも、映画制作を理解していたわけでもなく、ただ物語そのものに耳を傾けるのが好きだった。これはかなり幼い頃からで、少しずつ父が"これをどう思う?この物語は気に入ったか?"と聞きはじめ、僕も二言三言答えるようになった。
今思い返すと、その体験が映画人としての一部を築くのに貢献しているかもしれない。その時はそんなつもりはなかったけど。だんだんと成長していくにつれ、父もその必要がなくても、僕にもっと注意を向けるようになっていったと思う。

<続く>

おまけ:インタビュー読むたび混乱するのでわかる範囲で家系図書いてみました(自分メモ)
kakeizu.jpg



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